
インターネットやクラウドサービスが当たり前となった現代では、個人情報や機密データを守るために「暗号化」は欠かせない技術です。しかし、一口に暗号化アルゴリズムといっても、その方式や特徴は多岐にわたり、適切に選択しなければ思わぬセキュリティリスクを招くこともあります。
本記事では、共通鍵暗号・公開鍵暗号・ハイブリッド暗号といった基本方式から、AESやRSAなど代表的なアルゴリズム、TLSや電子署名との関わり、さらには量子コンピュータ時代を見据えた次世代暗号(PQC)までを体系的に解説します。
暗号化の基本概念:暗号化アルゴリズムとは?
暗号化とは?
暗号化とは、第三者に情報が読み取られないようにデータを変換する技術です。変換後のデータ(暗号文)は、正しい鍵を持つ人だけが復号できます。これにより、通信やデータ保存時の機密性を確保できます。現代社会では、インターネットバンキングや電子商取引、クラウドサービスなど、ほぼすべての場面で暗号化が利用されています。
暗号化とハッシュ化の違い
暗号化は可逆的であり、復号操作によって元の平文を取り出せます。一方、ハッシュ化は不可逆的で、元の入力を復元することはできません。ハッシュ化は主にデータの完全性検証や改ざん検知に使われます。例えば、ソフトウェアの配布時にハッシュ値を公開し、利用者がダウンロード後に一致を確認することで、改ざんされていないことを保証します。
暗号化の基本要素
- 平文:暗号化前の元のデータ
- 暗号鍵:暗号化・復号に使用する秘密の情報
- 暗号アルゴリズム:データを暗号化・復号する数学的手法
- 暗号文:変換された読めない形式のデータ
これらの要素が揃って初めて安全な暗号化通信が成立します。例えば、強力なアルゴリズムを使っていても鍵管理が不十分であればセキュリティは崩壊します。そのため、暗号技術は「数学的安全性」と「運用管理の徹底」が両輪となって機能するのです。
暗号化方式の主要な分類とそれぞれの特徴
共通鍵暗号方式(対称暗号)
- 特徴:暗号化と復号に同じ鍵を使用
- 長所:処理が高速で、大量データの暗号化に向く
- 短所:鍵の共有・配送が難しく、管理にリスクがある
- 利用例:VPN通信、ディスク暗号化、データベースの暗号化
共通鍵暗号は古くから利用され、現代でも実用的な暗号方式の基盤となっています。ただし、鍵を安全に共有する仕組みがなければ安全性は担保できません。そのため、単独で利用されることは少なく、後述する公開鍵暗号やハイブリッド方式と組み合わせて使われます。
公開鍵暗号方式(非対称暗号)
- 特徴:公開鍵で暗号化し、秘密鍵で復号
- 長所:インターネット上で安全に鍵を共有できる
- 短所:処理が遅く、大容量データには不向き
- 利用例:電子署名、SSL/TLSの鍵交換
公開鍵暗号は「鍵配送問題」を解決した革新的な技術です。安全な通信路を確保するために広く利用されており、現代のインターネットセキュリティの土台となっています。ただし計算コストが大きいため、実際には小さな鍵や認証情報の交換に利用されることが多いです。
ハイブリッド暗号方式
共通鍵暗号と公開鍵暗号の両方を組み合わせる方式です。まず公開鍵暗号を使って共通鍵を安全に交換し、その後は共通鍵暗号で効率よく通信を暗号化します。インターネットのTLS通信など、実用的な暗号化システムはほとんどがこの方式を採用しています。これにより、安全性と効率性のバランスが実現されます。
【共通鍵暗号】アルゴリズムの種類と利用モード
ブロック暗号とストリーム暗号
ブロック暗号は一定サイズ(例:128bit)のブロック単位で暗号化し、代表例にAESやDESがあります。一方、ストリーム暗号は連続するビットやバイトを逐次暗号化し、軽量なRC4が知られています。(※RC4は歴史的に有名だが現在は非推奨)用途によって使い分けがあり、例えば大量のデータを保存するときはブロック暗号、音声や映像のリアルタイム通信にはストリーム暗号が適しています。
- ブロック暗号:一定サイズ(例:128bit)のブロック単位で暗号化(AES, DESなど)
- ストリーム暗号:連続したビットやバイト単位で暗号化(RC4など)
- 使い分け:ブロック暗号は汎用的で広く利用、ストリーム暗号はリアルタイム通信など低遅延が求められる場面で有効
代表的なブロック暗号アルゴリズム
- AES(Advanced Encryption Standard):現在の国際標準。安全性・高速性に優れ、幅広く利用される
- DES(Data Encryption Standard):かつての標準だが、鍵長が短いため総当たり攻撃に脆弱
- 3DES(Triple DES):DESを3回適用して安全性を高めたが、現在は非推奨
- Camellia:日本で開発された高性能暗号で、国際規格にも採用
AESは事実上の業界標準となっており、クラウドや金融機関などで広く採用されています。Camelliaは日本発の技術として国際的評価を得ています。
ブロック暗号の利用モード
- ECB(Electronic Codebook):同じ入力が同じ出力に→パターンが漏れる危険あり
- CBC(Cipher Block Chaining):前の暗号ブロックと連鎖させ、安全性を向上
- CTR(Counter):カウンタを利用して並列処理が可能、高速な処理に適する
- GCM/CCM:暗号化と同時に認証を提供するモード
利用モードの選択を誤ると、暗号そのものが脆弱化する可能性があります。特にECBは実装が簡単ですがパターンが漏れるため非推奨とされています。近年は認証付き暗号モード(GCM/CCM)が標準的に利用されるようになっています。
認証付き暗号(AE/AEAD)
- 秘匿性:暗号化によって第三者が内容を読み取ることを防ぎます。
- 完全性・認証性:データが改ざんされていない・正規の送信者からのものであることを検証できます。
認証付き暗号(AE/AEAD)は「暗号化」と「認証」を同時に実現するもので、現代のセキュリティにおいて欠かせない存在です。これにより、通信データが改ざんされていないことを保証し、信頼性を高めます。
【公開鍵暗号】アルゴリズムの種類と選定基準
RSA暗号
- 仕組み:大きな素数の因数分解の困難性に基づく
- 特徴:長年利用され、実績豊富
- 短所:量子コンピュータに弱い、長い鍵長が必要
- 利用例:電子証明書、電子署名、TLS
RSAはもっとも古典的かつ実用的な公開鍵暗号で、インターネットのあらゆる場面で利用されてきました。ただし安全性を確保するには非常に長い鍵が必要であり、処理負荷が大きいという課題があります。
楕円曲線暗号(ECC)
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仕組み:楕円曲線上の離散対数問題の困難性を利用
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長所:短い鍵長でRSAと同等の安全性を提供
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代表アルゴリズム:
- ECDSA:電子署名
- ECDH:鍵交換
- ECIES:暗号化方式
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利用例:モバイル端末、IoTデバイス、TLS通信
ECCはRSAに比べて軽量であり、処理能力の限られた環境でも利用可能です。そのため、モバイルやIoTといったリソース制約の厳しい分野で特に注目されています。
暗号化とセットで理解すべき暗号技術(ハッシュ関数・署名)
ハッシュ関数の役割
- データの完全性検証(改ざんチェック)
- パスワード保存(平文ではなくハッシュ値を保持)
- デジタル署名との組み合わせでセキュリティ強化
ハッシュ関数は暗号化と並んで重要な技術であり、改ざん防止や本人認証の基盤を支えています。パスワード管理やファイルの整合性確認など、日常的な利用シーンは非常に多岐にわたります。
主要なハッシュ関数
- MD5, SHA-1:衝突攻撃が可能で非推奨
- SHA-2(SHA-256/512):現在広く使われる安全な規格
- SHA-3:異なる設計思想(Keccakベース)を採用した次世代規格
現在はSHA-2が標準的に使われていますが、将来的な多様化のためSHA-3が研究開発や実用化で進められています。
電子署名の仕組み
- ハッシュ値を秘密鍵で署名し、公開鍵で検証可能
- 改ざん検知と本人認証を両立
- 電子契約、ソフトウェア配布、ブロックチェーンなどで利用
電子署名は、文書のハッシュ値を秘密鍵で暗号化(署名)し、公開鍵で検証できる仕組みです。これにより「データが改ざんされていない」ことと「署名者が本人である」ことを保証できます。電子契約サービス、ソフトウェア配布、ブロックチェーンなど、実務上の応用範囲は非常に広いです。
将来の脅威と次世代暗号(PQC)への移行
量子コンピュータの脅威
- ShorのアルゴリズムによりRSAやECCが解読可能になる懸念
- 量子コンピュータの実用化が進めば、既存暗号の多くは脆弱化
現在の暗号システムは「量子計算に弱い」という共通の課題を抱えています。特にRSAやECCは量子計算に対して安全ではなく、近い将来に移行が不可避とされています。
PQC(耐量子計算機暗号)
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量子計算にも強い新しい暗号方式
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NIST標準化:
- ML-KEM(Kyber):鍵共有用暗号
- ML-DSA(Dilithium):署名アルゴリズム
- SLH-DSA(SPHINCS+):耐量子署名方式
- FN-DSA(FALCON):格子ベース署名アルゴリズム(短鍵長が特長)
- HQC:2025年3月に鍵交換用途で追加標準化
PQC移行の動向
- アメリカ政府は既にNIST標準化に基づく移行を進めている
- EUや日本も調査・実証を進め、企業レベルでも対応が急務
- 移行には数年単位の準備が必要で、システム設計段階から考慮が重要
暗号化アルゴリズム種類まとめ
- RC4、3DESなど旧式暗号は非推奨。AESが主流で推奨。
- TLSはv1.3以降のみ利用推奨。暗号スイートは大幅に削減され、認証付き暗号が標準。
- PQC(ML-KEM, ML-DSA, SLH-DSA, FN-DSA, HQC)がNISTで標準化され、本格導入期。
- ハッシュ関数はSHA-2、電子署名はECC/RSAが現在の主流。
暗号化アルゴリズムは、共通鍵暗号・公開鍵暗号・ハイブリッド暗号を中心に発展してきました。AESやRSA、ECCといった従来技術は今もインターネットや企業システムの基盤を支えています。同時に、ハッシュ関数や電子署名を組み合わせることで、機密性・完全性・認証性を総合的に提供できます。
さらに、量子コンピュータの時代を見据え、PQC(耐量子計算機暗号) の導入は今後避けて通れないでしょう。暗号技術は進化を続けており、エンジニアやセキュリティ担当者は常に最新の動向を把握し、システム設計や運用に反映させることが求められます。
以上で本記事の解説を終わります。
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